さしのみ

東大で法律学んでる傍ら、高齢化とその他諸々の本、論文の要約レビュー等をやってます。感想・ご意見等、時間の限り書いて寄越してください。

人間の性的欲求を進化心理学で解明するぜ【第一回 女性が望むもの】

進化心理学の入門書として読んだThe Evolution of Desireって本が、男女の性戦略に関する科学的知見の宝庫で、非常に面白かったのでメモ。最新の2016年版は英語版しかありませんが、旧版は日本語訳されているようなので興味あればぜひ。

 

The Evolution of Desire: Strategies of Human Mating

The Evolution of Desire: Strategies of Human Mating

 

 

 

女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化

女と男のだましあい―ヒトの性行動の進化

 

 

前提

さて、心理学と一口に言っても種類は様々。社会心理学、パーソナリティ心理学、果ては精神分析学と、定義次第で裾野はどんどん広がっていくわけです。

そんな中で進化心理学は心理学と生物学の双方の知見から人間の行動、心理を読み解こう、という試みとして位置づけられています。人間の中での「生物」としての共通部分に注目するって具合です。そのため、本書が最たる例ですが、参照される研究は、北はイヌイットから南はアフリカ、アマゾンの先住民まで対象にした包括的な研究、更には人間以外の昆虫や哺乳類の研究にまで至ります。そうして得られたデータや知見を、生存競争や進化などといった生物学おなじみの概念で理論化し、人間の行動を説明していくという流れです。

 

初めに、進化生物学から人間の性的欲望を読み解くうえで、重要な概念を3つ紹介します。

第一に、人間は自分の遺伝子を次世代に可能な限り多く、かつ良い遺伝的性質で残そうとするものだと考えられているということ。身もふたもなく言えば、自分の遺伝子を持つ子供出来る限りたくさん残し、かつその子たちに少しでも良い遺伝子を残そうとしてるってことです。人間を遺伝子拡散装置としてみる見方は、リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」が代表例ですが、生物学会では大勢の見方になっています。ロマンチックさのかけらもありませんけどねぇ。

第二に、男性よりも女性の方が貴重な生殖資源をもっていること。簡単に言うと、一生涯で作れる子供の数が女性の方が少ないということです。女性は一度の出産に9か月拘束されるうえに、その期間で出産できるのが基本的に1人ですからね。歴史上でも見ても、最も子供をもうけた女性はロシアの方で69人のお子さんを出産されたらしいんですが(これも驚異的ですが)、一方、男性だとモロッコのスルタンで500人以上血のつながった子供がいた方なんてのもいるので桁が違う笑。この生殖資源の差から、基本的に女性の方がパートナー選びに慎重になる傾向が指摘されてます。

第三に、一般に父親の同定は難しいこと。母親は、その人から実際に生まれてくるわけなんで、簡単に特定できるんですが、父親が誰かを特定するのは人類史上の問題であり続けてきました。最近でこそ、遺伝子検査が普及して、出産後に父親の特定をすることも可能になりましたが、それまでは男性の最大の関心事の一つはパートナーの子供が自分の子供であることを保障することだったと言えます。この特徴は、今回の記事には関係ないものの、次回以降の男性の性的思考や婚外交渉なんて話題に及んだ時に大事な概念になってきます、ああ怖。

 

利己的な遺伝子 40周年記念版

利己的な遺伝子 40周年記念版

 

 

 

本論

本著の第一章は進化心理学の原理や学術的な立ち位置をさらっておりまして、第二章What Women Wantから具体的な内容に入ってまいります。

女性の性戦略を考えるうえで、前述の性的資源の希少さ(埋める子供の数の少なさ)、少しでも良い遺伝子を求めてるという二つの特徴に加え、女性は身体的・経済的に男性の援助が必要としてるってことが前提になります。とりわけ古代においては女性だけで子供を育てるってのは非常な困難を伴うものだったわけです。

さて、それをふまえて、女性の性戦略の要となる目標は3つに分かれます。「出来る限り多くの資源を持っている男性と結ばれたい」「継続的に自分と子供とに資源を与えてくれる男性と結ばれたい」「自分を外敵(特に他の男性)から守ってくれる男性と結ばれたい」の三点ですねー。

 

「出来る限り多くの資源を持っている男性と結ばれたい」

男性の持つ資源を最も直接的に表し、かつ調査上でも全世界的に女性がパートナーに求める性質として、富、権力、年齢の三本柱が挙げられています。

富 ーカネ、土地、道具ー

早速、身も蓋ももない話ですが、経済的豊かさと安定性とは世界津々浦々の女性がパートナーに望んでいる要素だそう。ほとんどすべての国や地域での調査でも、女性は経済的豊かさと安定性を「不可欠」だと判定する傾向があったようです。サバンナの狩猟採集時代を考えてみれば、最も重要なことはパートナーがより多くの食料を家に持って帰り、女性と子供に分け与えることだったわけです。狩猟の必要のない現代においては、富、もっと直截に言えばカネが最も重要な生存を保障するための資源になっているわけです。その意味で、沢山のお金を持つ男性は、女性にとって自分と自分の子供にとって沢山の保障と子育ての選択肢を提供してくれる存在なわけですねー。

権力 ー社会的ヒエラルキーと社会資源ー

原始狩猟社会にあっては、社会的ヒエラルキーの高さはそのまま保有する資源の豊かさと直結していました。更に言えば、社会的ヒエラルキーの上位にいるということは、他の男性との競争に秀でているとも解釈できたわけです。現代においても、社会的地位の高さは生涯年収の高さと相関があるのみならず様々な社会的資源へのアクセスを意味していると言えます。故に、社会的地位の高い男性と結ばれることは女性にとって豊かな資源へのアクセスを得ることと同義であって、実際の調査でも全世界的に社会的地位の高い男性はパートナーとして非常に好まれる傾向が出たそう。

年齢 ー年上好き女子ー

狩猟時代にはハンターとしての実力が重要だということは前述のとおりですが、基本的にハンターとしての生産性は三十歳前後で成熟すると言われております。女性の生殖適齢期は十代後半から二十代前半にかけてと言われており、適齢期の彼女らにとっては自分よりも年上の男性と結婚することがより良いパートナーと結ばれることを意味していたわけであります。現代においても基本的に男性は年齢を経るごとに収入と社会的地位が上昇する傾向にあるので、状況は同様。結果、基本的に女性は自分よりも2歳から5歳上の男性を好む傾向が強く出るんだそう。しかも、この傾向は全世代で共通なんですねー。これは男性が年を取るほど、ますます年下好きになる点と対照的。

 

 ただ、以上三つの要素ってある程度年取っていれば分かるけど、皆が同じような状態の若年層とかだと分かりにくいよね、という問題があるわけです。そこで、将来の富や社会的権力を示唆する幾つかの性質にも注目するようになりました。

野心 ー経済的、社会的性向への原動力ー

孫さんは「志高く」を左右の銘にしていらっしゃるようですが、成功の階段を登らんとする意思は経済的富と社会的権力の獲得とに大きく関係していると考えられているわけです。事実、アンケートでは男性よりも女性の方がパートナーの野心をより重要視する傾向が強く、台湾では26%、ブルガリアでは29%、ブラジルでは30%も高く女性が野心を評価しているとのこと。海賊王にはならないにしても、何らかの野心をもつことは恋愛市場でも必要なんですねー。

勤勉性 ー高収入と昇進の最大の予言因子ー

真面目に一生懸命仕事に取り組む人が収入増加と昇進の可能性が高いというのは当然の話。心理学の他の分野でも、性格分析で多用されるBig5のうち「誠実性」(本著でいう勤勉性とほぼ同義)が高いほど、収入が高くなったり、より高い地位につく可能背が上がったりということが指摘されているのと一致しますねー。最近疑義が呈されてはおりますが、マシュマロ・テストなんかはその古典的証明の一つ。更に、誠実性はフロー状態への入りやすさと相関していたり、近年話題になった「グリット」は誠実性のことなんじゃねって流れに心理学会がなっていたりと、成功への近道として話題沸騰なわけで、女性が本能的に重要視するのも自然でしょう。あ、それと、女性陣にも誠実性は不可欠で、奥さんが誠実性の高い方であるほど旦那さんが出世しやすい、いわゆる「あげまん」だって研究が出ておりました。是非、ご参照のほど。

 

成功する子 失敗する子――何が「その後の人生」を決めるのか

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フロー体験入門―楽しみと創造の心理学

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 知性 ー集団管理と技術習得の基礎ー

 知性って何よ、ってのは学術的には非常に議論のあるところなんですが、一般には教育レベルや異文化理解、具体的な物事から抽象的な原理を見つけ出す能力なんかが該当するんではないかと。アンケートでも、すべての国と地域で、女性たちは知性の高い男性を好む傾向があったそう。狩猟時代でも、環境や異文化への理解能力、集団をコントロールする能力、技術を頭で理解する能力なんてのは、良いハンターになること、ひいては生存に有利だったでしょうから、これも納得かと。

 

「継続的に自分と子供とに資源を与えてくれる男性と結ばれたい」

いくら資源を持っていても、子どもを育てている間その始原を提供してくれなければ意味がないわけで。従って、女性たちにとっては継続的に資源を提供してくれるような男性を選ぶことが最大の課題のうちの一つだったと言えます。しかし、これはカネや権力のように、現在の状態から明確に分かるモノではないため、女性たちは幾つかの性質に注目していくことになります。

信頼性、もしくは安定性 ーATMが至高形ー

継続的に資源が必要になる以上、男性側からの資源供給は安定性が要になってくるわけです。その点、感情的に不安定で、狩りの頻度がまちまちだったり、女性や子供に対して暴力などで感情的不安定性を発散されたりすると大迷惑。そこで、女性は男性側の感情的安定性、更には自分へのコミットメントの信頼度を高く評価するようになったと考えられています。まぁ、このコミットメントの重視は男性側にも言えることなんですが、これは後日触れたいと思います。

類似性 -Birds of a feather flock together-

長い子育ての期間を共に過ごしていくうえで、お互いに相違点ばかりじゃ疲れるばかりですよね。事実、相違点があまりに多いと、普段の生活の中でケンカや不和が多くなって余計なエネルギーを吸い取られるばかりでなく、最終的にはパートナー関係の解消なんて事態にもつながりかねないわけです。その意味で、将来のリスクを軽減するために、女性は自分と類似点の多い男性を好む傾向が強くなります。

 

「自分を外敵(特に他の男性)から守ってくれる男性と結ばれたい」

さて、最後に自分を外敵から守ってくれるような男性を助成を好むってのは一般常識とも合致するんじゃないでしょうか。以下、なんだか世の中結局遺伝かよ、と男性側は嘆きたくなるような内容ですが、是非ともご一読いただければ。

力強さ ーマッチョな高身長は当然モテるー

題名で明らかですが、ガタイが良くて、背の高い男性は世界共通で女性からモテます。大体平均すると、女性よりも20㎝前後背が高く、かつ上半身が鍛えられていて逆三角形の男性が理想的。体系については理想の値というモノが産出されておりまして、肩回り:腰:お尻の比率が、1:0.6:0.65ぐらいが理想的だそう。身長はどうにもならんので、皆さん一緒に筋トレに励みましょう(泣)

健康さ ー免疫と遺伝子ー

東西どの文化圏でも肌に発疹があったり、からだの形が非対称な男性は女性から忌避される傾向があるらしい。実際、現代医学でも遺伝子レベルで免疫は決定されていることが分かっているので、男性の健康状態を見れば遺伝子の優劣がある程度わかるって具合ですね。従って、女性も健康状態の良い男性を当然好むわけです。

 

 

以上、大まかなまとめでしたが、さらに重要な点は、女性の好みは環境や文化圏次第でかなり柔軟に変化するってことでしょう。例えば、以上、すべての特質を兼ね備えた男性なんてのは極めてまれなわけであって、たいていの場合「金持ちだけど不誠実そうな男」と「さえない貧乏人だけど自分に誠実な男」の二択、なんて具合でトレードオフの状況にあるわけです。これ以外にも様々な例外が本書には記載されていますし、上記の特徴についても詳細な説明と実験データが載っているので、是非ともご一読をお勧めしますー。