さしのみ

東大で法律学んでる傍ら、高齢化とその他諸々の本、論文の要約レビュー等をやってます。感想・ご意見等、時間の限り書いて寄越してください。

スウェーデンモデル入門

日本にいたころ、スウェーデン政治の手頃な入門書が分かんなくて困ってたので、いくつか紹介。

本日紹介するのは以下の2つ。

Alestalo, M,. Hort, S., and Kuhnle, S. (2009), "The Nordic Model: Conditions, Origins, Outcomes, Lessons", Hertie School of Governance - Working Papers, No. 41, June 

Ankarloo, D., (2009), "The Swedish Welfare Model  Counter-arguments to neoliberal myths and assertions", Prepared for Association of Heterodox Economics Conference, London

 

両方とも扱っている題材も違いますし、スウェーデン政治観も必ずしも一致しているわけではありませんが、スウェーデン政治を勉強するうえで接する機会の多い概念について扱っているのでピックアップ。

 

前者の論文は北欧モデル、或いはスカンディナヴィア・モデルの特徴って何なんだろう、というテーマを扱っておりまして、概して言いますとアイスランドスウェーデンデンマークノルウェーフィンランドの最大公約数といえる制度上の特徴と歴史的経緯とをメインにしてるんですね。更に、各国の差異についても随所に指摘があるので入門書として最適かと。

はてさて、論文の冒頭から北欧モデルの特徴はコレだ!と声高に説明してるんですが、その特徴は以下の3点。

Stateness:大きな政府、とでも訳せましょう。言い換えると、社会福祉の充足・管理に関して政府が非常に広範な裁量と影響力を持っていることになります。皆さんの北欧モデルのイメージと非常に近いじゃないでしょうか。更に論文の指摘するところでは、北欧モデルに顕著な点は「政府(=支配階級) VS個人」という側面が非常に希薄で、むしろ広範な裁量を持つ政府が書く社会階級の穏便な利害調整のアリーナになっていること。日本で大きな政府というと「官僚による統制主義だ」とか「個人の抑圧だ」とかいう批判をよく聞きますが、国が違えば状況もガラッと変わるわけですねぇ。

Universalism:普遍主義って訳されるんでしょうかね。つまり、全ての市民が同様に社会的扶助を受ける権利がある、という考え方とそれに由来する制度のことを指します。一般に社会保障などというと「救貧」のイメージが強いかと思うんですが、スウェーデンでは教育から医療、介護まであらゆるサービスの大部分が税金で賄われておりまして、かつどんな人でも自分の必要に応じたサービスを要求する権利を持っていることがポイントでしょう。

Equality:歴史的にも、現代社会における圧力としても、人々の間の差異が非常に小さいことが指摘されています。何を以てして社会的格差が小さいと定義するかには百論あるでしょうけれど、北欧モデルでは特に以下の3点、農民の高い地位と弱体な領主からなる歴史的に平板な社会構造、議会政治と労働交渉における労働者階級の強い影響力、社会的な性差の小ささが言及されてますね。

 

もっとも、こうした類型化は常に議論のあるところでありまして、多かれ少なかれ学術上の議論のための単純化が避けられないのはご承知の通りでしょう。ただ、本論文には各分類をするに至った歴史的経緯の考察、上記の3類型が現代社会の中でどのように変化しているかという点への言及もありますんで、ご関心の方は、エスピン・アンデルセンの古典的類型と合わせてご参照いただければ。

 

 

続きまして、後者の論文は別の3つの観点からスウェーデン政治・社会の特徴をまとめております。シャーロックホームズの言う通り、3ってのはマジックナンバーですね笑

この論文の基調は、ネオリベラルからスウェーデンモデルは喧しく批判されてるけど、彼らの主張には科学的根拠が欠けているし、彼らの言うよりずっとスウェーデンは変化に対応している、というスウェーデン擁護なわけなんですが、まぁさらっと見ていきましょう。

筆者は、スウェーデンモデルには3つの特徴的なロジックがあると主張しています。スウェーデン社会と政治とを考えるうえで基礎となる3つの制度的特徴とでも言い換えられましょう。

Social Services:行政団体によって提供されている社会的サービスのことを指します。教育とか医療、介護とか。大まかな特徴は、①税金によって大部分が財政的な支援を受けていること②全ての地方で共通した一定のアクセスと質の保障が目指されていること③市場原理ではなく、利用者のニーズに合ったサービス提供を旨とすること。②のような画一性を追求しつつも、③のように柔軟なサービスを提供するというジレンマに対応するためにスウェーデン国内の社会保障サービスはサービス提供行程に重点が置かれているんですが、それはまた今度余裕があれば。

Social Security:人々が安定して生活を送れるような制度のこと。種種の収入保険はFörsäkringskassanという国営企業が一手に賄っておりまして、失業保険から疾病保険まで非常に広範な所得補償がなされております。そのほかにも、失業の際の就業訓練や育児休暇まで、様々な人生のイベント・トラブルに適応するための制度が作られているんですねー。ただ、the right to work, but not to your jobという社会民主党のスローガンにもある通り、就労への圧力が高いとも理解できるわけで、多少の息苦しさはあるでしょうけれど。

Marginal welfare:上記のサービスを利用しても生活水準が不十分な方向けの保障制度ですね。日本でいうと生活保護などに近いんじゃないですかね。「救貧法」の名残だと批判されることの多い部分でもございまして、近年移民の増加に伴い彼らの受給が議論を呼んでいるところでございます。

 

以上みてきた通り、けっして統一見解は無いんですが、スウェーデン社会、政治を理解するうえで良く使われる切り口をご紹介いたしました。

今度は、ユートピアとして描かれがちなスウェーデンの制度の欠点についてまとめた記事なんか作れると良いかもしれませんね。性格悪そうですが笑

 

終わり。