さしのみ

東大で法律学んでる傍ら、高齢化とその他諸々の本、論文の要約レビュー等をやってます。感想・ご意見等、時間の限り書いて寄越してください。

笑い飯と時間感覚

ふとした契機でカジサックと笑い飯の共演動画を見た際、笑い飯の哲夫が何気なく言ったことに考えさせられた。

笑い飯は幾度もM1決勝に出場しながらも優勝に一歩手が届かないことで有名であった(2010年に遂に優勝)。カジサックを含めダイアン、NON STYLEと様々な芸人がM1を何年も目指し続ける辛さを語る一方で、哲夫はその種の辛さをあまり感じなかったという。本人曰く、「だって、バーキューとか、一年で楽しいこと色々あるやんか」。

 

あぁ、いかに自分が偏った時間感覚で生きているかを思い知った。

旧来から、人間の時間の捉え方には2通りあると。直線的時間と円環的時間。多くは近代工業社会と原始農耕社会、或いは四季のある文化圏とない文化圏の対比で用いられる概念である。直線的時間とは、過去から現在、未来と一直線上に物事が連なっているという見方であり、人の一生や、国の歴史、進化論なんかがその代表である。一方、円環的時間ってのは、同じ物事が日々繰り返されていくという見方であり、年中行事、四季、カレンダー、月の満ち欠けなんかが最たる例。

 

僕は人生のほとんどを直線的時間に基づいて生きて来た。とりわけ、いつも未来のことに執着してきた。いついつまでにこんなことが出来るようになっていたい、将来のためにこんな投資をしておきたい、なんてことばっかりだった。

一方で、哲夫みたいな生き方もある。M1で優勝するのは大事かも知らんけど、毎年恒例のバーべーキューを楽しもう、節分を存分に満喫しよう、なんて具合に。

 

僕は自分の生き方には重要な利点があると思っているし、特段困っていることはない。故に、今は哲夫のように生きたいとは思わないけれど、いつか躓いたとき、あっけらかんとした哲夫の生き方に助けられる日が来るかもしれない。

 

終わり。