さしのみ

東大で法律学んでる傍ら、高齢化とその他諸々の本、論文の要約レビュー等をやってます。感想・ご意見等、時間の限り書いて寄越してください。

万事塞翁が馬、って考えると人はヤル気になる!って研究

英語にはEvery cloud has a silver liningっていう諺があって、「どんなつらい経験をしても、いつかは良い時が来るんだから、絶望してはいけない」ってな具合の意味なんですが、この諺を信じてると人間はヤル気が出るってことが科学的に証明されたんでご紹介します。日本だと、万事塞翁が馬ってところでしょうか。

ちなみに諺の成り立ちは、どんな憂鬱な雲でもその端々から微かに光が漏れていて、その雲の向こう側でいつでも太陽が輝いていることが分かる、ってことらしい。雲が悪いことの象徴として扱われているのは、雲や雨ばかりで、かつそれらを文化的に好ましくないものとして扱うイギリス的なのかもしれませんねぇ。

 

さてさて、この研究は「成功するにはポジティブ思考を捨てなさい」やWOOPの法則で有名なガブリエル・エッティンゲン博士らが2014年に行ったものですねー。

 

成功するには ポジティブ思考を捨てなさい 願望を実行計画に変えるWOOPの法則

成功するには ポジティブ思考を捨てなさい 願望を実行計画に変えるWOOPの法則

 

本題とは無関係ですが、ガブリエル博士はドイツ南部エッティンゲン・スピールベルク侯爵家の御令嬢さんなんですよねー。先日同じバーヴァリア地方のミュンヘンにビール飲みに行ったんですが、 ヴィッテルスバッハ家旧庭のニュンフェンベルク城は圧巻でございました。キレイ、デカい、広いの三拍子がそろっていて、人間の身体性からして、そりゃあ周辺の人はそこに住んでる領主家を尊敬するわ、と納得したものでした。

 

余談が過ぎましたが、本題に入りましょう。

論文の題名はずばり、Holding a silver lining theory: When negative attributes heighten performance. この辺もイカしてますね、プライミング効果でしょうか。

 

最初に論文の結論を言ってしまうと、衝動的に行動してしまう傾向は高い創造性と相関がある、と信じている人は、信じていない人に比べて、努力が必要な創造的作業に長い時間集中して取り組むことが分かったということなんですね。ここで注意していただきたいのは、実際に衝動性と創造性とに相関があるかについてはまだ十分な科学的証拠がないと博士らは述べている点。あくまで、衝動性と創造性の性の相関は一般に広く信じられている者であり、そう信じている人は創造性を必要とするタスクに長く取り組む傾向があるということです。

正直、若干の肩透かし感が否めませんが、科学の研究ってのは往々にして、その辺の自己啓発書のような単純明快な結論には至らないのが常なんですね。むしろ、博士らの誠実な態度が好印象。結論の含意については、記事の最後でまとめておきますねー。

 

はてさて、当実験は4部作となっておりまして、最初から順に、

「悪い性質と良い性質は表裏一体だ(=Silver lining theory)ってどれくらいの人々がおもっているの?」

「衝動的だと診断された大学生は、衝動性と創造性には相関があると知ると、信じていない人に比べて、創造的な仕事に長く取り組むようになる?」

「大学生以外の人たちの間では、同じ現象は確認される?」

「衝動性と創造性との正の相関を信じてる人は、その相関に特に肯定的でも否定的でもない人たちよりも、創造的な仕事に長く取り組むようになるの?」

の4つの質問がテーマになっております。

 

 第一実験は、良いことと悪いことは表裏一体だという考えがどれくらい広まっているのかについての調査ですね。結論としては、ほとんどの人が悪い性質と良い性質は関連していると考えているみたいです。面白いのは、アンケート調査の母体になっているのがAmazonだという点でしょうか。やっぱり、広い顧客層を一回獲得してしまうと新企画の展開も早くなるので圧倒的有利なんでしょう。今更ですが、知名度とか顧客数って超大事。。。

 

第二実験は大学生を対象にして行われた介入実験です。介入は2種類で、合計で2×2の4つのグループに分けられることになります。

第一介入は、「あなたは衝動的だという心理分析の結果が出ました」と言われるか、「あなたは衝動的ではないという心理分析の結果が出ました」と言われるか。要するに、被験者が自分のことを衝動的だと思うか否かの介入ですね。

第二介入は、「衝動性と創造性には正の相関がある」という旨のウソの記事を読むよう指示されるか、「衝動性と創造性には全く関係がない」という旨の、これまたウソの記事を読まされるか。つまり、創造性と衝動性との相関を信じるか否かの介入ですね。

これらの後、創造性を要求されるタスクを4グループすべての学生に課すわけです。具体的には、釘一本を与えられて、可能な限り多くの使い方を考えろ、と言われるわけです。

その結果、4グループのうち、衝動的だと診断され、かつ衝動性と創造性には相関があるという記事を読んだグループが最も成績が良かったんです。一方で、一番成績が悪かったのは、衝動的でないと診断され、かつ衝動性と創造性には相関があるという記事を読んだグループでした。単なる思い込みが諸刃の剣になるってのは、何とも怖い話ですね。。。

 

第三、第四実験は第二実験の成果の確認のためのだとお考え下さい。かいつまんでしまうと、インターネット調査で行った第三実験、「衝動性と創造性には一切関係がない」という記事の代わりに全く無関係な記事を読ませた第四実験共に、衝動性と創造性との関連があると思い、かつ自分が衝動的だと診断された人は、創造性を試されるタスクに粘り強く取り組み、かついい成績を収めたわけです。いやー、たかが思い込みと侮れませんな。

 

 

 ってなわけで、以上みてきたわけなんですが、悪いことと良いこととは隣り合わせって考え方は、色々なものごとに適用しやすい分、色々な含意がありそうですね。

 

まず、悩んでる人にアドバイスをするときには、この研究の成果は非常に心強いんじゃないでしょうか。悪いことの良い側面に気づくことで、人はその良い側面を伸ばそうと頑張れるわけですからねー。ただ、直接この研究の結果を教えてしまうと、相手が空しさを覚えるかもしれないので、取扱注意ですが笑

高齢社会学が好きで勉強してると、畢竟、教育や社会支援事業についても触れる機会が多いんですが、どんな分野でも悩んでる人にアドバイスするって行為は重要な役割の一つなわけで。悩みに対してのアドバイスって色々な種類があるんですが、この研究をふまえると、悩みの種になっていることを直接解釈しなおすことは科学的にも有効かもしれませんね。例えば、僕は高校二年生の秋の時点で全国センター模試で偏差値28.3(親に爆笑されたのは良い思い出)をたたき出すぐらい勉強できない君だったんですが、「成績がめちゃ悪い」=「これからは前にいる人を追い抜くだけ」って解釈しなおしたら自分の状況がすごく恵まれたものに思えたんでございます。その結果、勉強が楽しくなり、幸運と我がご家族のおかげで現役文一合格できたわけで、僕の経験からしても嘘じゃないかと笑

ただ、注意しなきゃいけないことが一つ。

前述の通り、筆者のエッティンゲン博士は「ポジティブ思考は目標達成に有害だよ!」という論を唱えている方でありまして、具体的に言えば、「自分が目標をかなえた姿を想像しよう」みたいなポジティブ思考は人のやる気を奪うことが分かっているんですね。なぜかというと、博士の解釈に依れば、実際に達成したことを創造すると、実際に目標を達成したときと同様の反応が脳内で起きてしまい、目標達成のためにもっと努力せな!という気持ちにならない、ということなんですね。世に言う「引き寄せの法則」は、科学的統計上は、無効なんですね。

今回の実験に即して言うと、良いことと悪いことは表裏一体だと、自分で思うにしても、他人にアドバイスするにしても、「自分の良い側面に気づくこと」は必ずしも目標達成や問題解決と同じ意味ではなく、それに基づいて、その後の努力が大事だと意識することが必要でしょう。

具体例を言えば、自分の悪い性質の良い側面に気づくことは、プログラマーになりたい人が、自分の家にある旧式だと思っていたパソコンが実は最新式の性能のいいパソコンだったと気づくことだと言い換えられるわけです。これは、その人が非常にいいスタートラインに立ったことは意味していますが、これだけで彼/彼女が優秀なプログラマーになったとは言えないわけです。

自分の精神的な悩みを解決するにしても、人間の気持ちは脳内物質のバランスと非常に強い関係があり、かつ脳の構造は少しずつアナログ的にしか変化しないので、根気強く対処していくしかないんですよね。

 

終わり。